本協会設立までの経緯(沿革)

昭和25年4月

 広島大学小沼十寸穂教授が中心となり、県立広島医大精神神経科教室、県内の各精神科病院、県衛生部等に呼びかけ広島精神衛生協会を結成。

 県内における精神衛生の促進とその普及を目的に、教育、心理、司法等の巾広い方面の賛同を得て、協会誌の発行、精神衛生叢書の出版、講演会や講習会、座談会等を開催。

 

昭和26年10月

 協会の中に精神病院協会が部会として発足。

 

昭和33年4月

 小沼教授、松岡氏、熊沢県予防課長等の協議の結果、協会を解散。

 県精神病院協会が精神衛生部を設置し事業を継承。

 

昭和36年11月

 各県において次々と精神衛生協会が発足。

 広大助教授浅田成也氏の提唱によって、赤松和彦氏、久保摂二氏、品川浩三氏、高橋光氏、竹内真氏、松川清二氏等が世話人となり、広島精神衛生協会が再建され、広島第一病院長久保摂二氏が会長に就任。

 

昭和44年10月

 本県で全国大会を開催するにあたり、推進母体となる広島県精神衛生協会が設立。初代会長は県公安委員の白井市郎氏。

同年11月

 広島市において第17回精神衛生全国大会の開催(協会共催)。高松宮殿下、ご出席。

 

昭和47年5月

 2代会長に元厚生事務次官の安田巌氏就任。事務局を県精神衛生センター(同年4月設置)に移す。

 

昭和54年11月

 創立10周年記念大会 第8回広島県精神衛生大会

 記念講演―自殺と文化―(浜松医科大教授大原健士郎氏)

     ―青少年の自殺―(京大助教授石井完一郎氏)

 

昭和55年11月

 協会長表彰(精神衛生功労者)の設置。

 

平成58年4月

 「老人性痴呆疾患電話相談事業」の開始。

 

昭和61年2月

 当協会が精神衛生事業功労者知事表彰受賞。

同年11月

 当協会が厚生大臣表彰受賞。(現厚生労働大臣表彰)

 

昭和62年8月

 事務局移転。(総合精神衛生センター移転に伴う)

 

昭和63年3月

 社団法人設立の認可を受ける。

 県より補助金1000万円の交付を受け、基金を造成

  石井明議 トキコ(石井学園広島理容美容専門学校長夫妻)に対して

 感謝状の贈呈

 

平成元年6月

 三代会長に元広島県精神病院協会会長の松田鎮雄氏就任。

 副会長は県精神病院会長津久江一郎就任。

同年6月

 精神保健啓発ビデオテープ無償貸出事業の開始

同年9月

 「’89心の健康フェスティバル」(県と共催)

 

平成2年4月

 社団法人広島県精神保健協会に名称変更。

同年10月

 「’90心の健康フェスティバル」(県と共催)

 

平成3年3月

 広島県児童思春期事例検討ワークショップ開催(安田生命社会事業団と共催)

同年4月

 県の委託を受け「こころの電話相談事業」の開始

 同年11月

 「’91心の健康フェスティバル」(県と共催)

 

平成4年1月

 「精神障害者の地域交流に関する施設支援調査研究事業」実施(社団法人日本精神衛生連盟から委託)

同年10月

 「’92心の健康フェスティバル」(県と共催)

 

平成5年11月

 「心の健康フェスティバル’93」(県と共催)

 

 

平成6年11月

 設立25周年記念式典

 特別講演 ―台北市における地域精神保健活動の実践―(台北医学院精神科主任教授葉英堃氏)

 

平成12年10月

 当協会のシンボルマークを公募、こころいきいきフェスタ受託事業表彰式にて決定

 

平成25年4月

 一般社団法人へ移行。名称を一般社団法人広島県精神保健福祉協会とする。

 初代会長は広島大学医学部教授山脇成人氏就任、副会長は津久江一郎氏継続。

 広島ひきこもり相談支援事業の開始。

同年12月

 「こころいきいきフェスタ(旧心の健康フェスティバル)」(坂町と共催、別日開催で安芸太田町と共催)

 県内各地で表彰式を実施していたが、県内全域を回り切った為終了。

 

平成26年4月

 県より委託を受け「不眠の電話相談事業」を開始。

会員数の動向について

昭和44年では個人会員53名、団体会員88団体、特別会員34名(団体含む)の合計175名であったが、昭和58年には、個人会員232名、団体会員87団体、特別会員38名の合計357名となり平成5年においては、個人会員335名、団体会員91団体、特別会員42名の合計468名と増加してきた。

 

平成30年3月末現在においては、個人会員853名、団体会員62団体、特別会員35名(団体含む)の合計950名となり、精神保健への関心の高さが伺える。